空気も冷え切った1月21日の8時30分頃、まだ玄関の開かないアーツ千代田3331の裏門にRelight Committee2015のメンバーが集合。アーツカウンシル東京の会議室は、スッキリと模様替えをしていつもより広い印象。始まりは恒例のラジオ体操。実は、筆者はこのラジオ体操に特別の思い入れがある。
2016年10月の六本木アートナイトで日本フィルハーモニー交響楽団が行った「クラシックなラジオ体操」にまで話はさかのぼる。早朝5時15分の日の出に合わせて行った弦楽四重奏とトランペットの伴奏によるラジオ体操は、その時間まで六本木周辺に残った約400人ものアート好きの人たちを興奮のるつぼに誘った。
ことの始まりは、Relight Committeeの集まりのあとにインビジブルの菊池宏子さんから「相談がある」と誘われた、アーツ千代田3331近くの餃子屋でビールを飲みながらの密談にあった。六本木アートナイトの街中で開催されるプログラムのプロデュースを担当していた彼女の提案は「富樫さん、日フィルの演奏で早朝のラジオ体操やらない?」というものだった。
彼女の提案はオーケストラ業界ではありえない発想で、すぐさま「これはおもしろい」と直感した私は、その場でスケジュールを見て「できる」と判断した。走るアート、踊るアート、身体性のアートという六本木アートナイトのテーマに、誰もができるラジオ体操を生の演奏でやってみるのはグッドアイデアそのものだった。
本番当日、おそらくその場にいた誰もが純正クラシック、マニアックな室内楽、弦楽四重奏の調べを早朝の六本木で聴くとは想像しなかっただろう。予想を超えて、ラジオ体操は徹夜明けの身体を爽やかによみがえらせ、参加した人たちはそれぞれに家路に向かったのだった。そうした物語があるので、ラジオ体操と聞くとその情景とともに身体が頑張ろうと反応するわけだ。
さて、ラジオ体操が終わった後は今日のスケジュールの確認。3月のRelight Daysに向けて、Relight Committee2016のみなさんがみずからを「社会彫刻家」と刻印を押し、それぞれの企画の発表が行われる。お正月を挟んで、どんな感じにブラッシュアップしたのかな、と期待が膨らむ。
実はRelight Committee2016のメンバーは、お互いの交流と意見交換を兼ねた新年会を行ったそうだ。楽しそうな写真がFacebookにアップされていて「やるなぁ」と感心していた。よくよく見ると、Relight Committee2016はアートプロジェクトの経験豊富な2人のおじさん(失礼!)と、キャピキャピの元気な6人の女子で構成されていていい感じである。
生と死の間の人生のストーリー 「感動を伝える」ことで未来をつなぐ
仕事で遺贈の事業に関わるなか、どうやってドネーションを集めるか、「死とお金」が直結する課題で悩んできたモエコ。難病の子どもたちをプロバスケットボールBリーグの試合観戦に参加する機会をつくって感動のストーリーを実感したことから、自らスポーツを通じて感動を分かち合いたいという。そんなストーリーを集めて書籍にして、感動のサイクルをつくっていきたいという希望がある。その過程にあるRelight Projectでなにか形にしたいが、まだ具体的なイメージができていない。
Relight Committeeでは、企画そのものよりもそこに至る悩みや葛藤の熱量にむしろ意味がある。イベントでなく一緒にやれる企画も候補にしたらどうかな。「社会彫刻」と呼べる活動を独自の基準や選考員によって評価し、「賞」を授けることで光を当てるフジイさんのアイデアにも共通部分があるのでコラボしたらどうか、という意見もあった。
彼女のようなイベントをつくる仕事と似たような経験をしてきた私には、「感動」の押しつけという葛藤がよくわかる。このRelight Committeeを通じて何を着地とするか、通過とするか。考えることの習慣化はとても意義のあることだと思った。
「めんどくさい」を記録する「アクション・ステートメント」を出す
キャピキャピ女子のなかではアンニュイな雰囲気を漂わすセキさん。「生きるのがめんどくさい」を連発してきた彼女が、企画のアイデアが尽きて新年早々にインビジブルへ相談に駆け込んだとき、菊池さんから「めんどくさい日記を書いてみたらどうか」とアドバイスされたことから、企画にいたった。
発表では「めんどくさい気持ちがどう変化するのか」「くだらないけどがんばってみるか」と書きつづった日記を持参。ある日のめんどくさい項目を読んでもらったら、これがなかなかおもしろい。日常のなかでの楽しいことや嬉しいことは、視点を変えればすごくつまらないものに見えたりする。その逆もしかり。意義とか誰かに見せるとか考えないで、とりあえず「めんどくさい」を書き留めていく。ただし企画の「アクション・ステイトメント(声明文)」を出すこと、これがひとつの行為となる。
欲望の生と死、「深堀シート」の提案
セキさんとは対照的に、ポジティブシンキングの代表格のようなマツバさん。いつも元気で前向き、声に張りがある。子どもの頃からの自分の欲望の変遷を、Excelで表にして分析する方法で自己点検をしてきた彼女の「深堀シート」をもとにした企画が発表された。
「深掘シート」をもとに書いていくことで、その人自身の隠れた欲望に気づき、未来の可能性を考えることが目的だという。彼女には挑戦、あきらめない、努力、という言葉がよく似合う。欲望の表現方法は「深堀シート」に書くか、別の用紙に書いてもらいInstagramなどにあげて共有するという。発表後の質疑では、欲望の裏にあるもの、欲望の正体を見つめる、好奇心の源流を深堀するのもおもしろいかも、といった意見も飛び交った。
彼女の発表を聞いてて、小学校、中学校、高校、大学、大学院、社会人と、常に前向きに自分と向き合ってきた彼女に「挫折」という瞬間はなかったのかなぁ、とおばさんは思う。その「挫折」をどうやって乗り越えたのかにおばさんは興味があるんだけどね。
Passenger
点滅するタクシーの車体の上にある行灯の「スイッチ、オン」から、都市にある「生と死」 をイメージしたアーティストのヤマダさん。三日間だけ点灯する『Counter Void』を拠点にタクシーの運転手さんと対話する企画を提案してくれた。ビデオにする、写真にする、録音するなどの記録方法や、アイドリング、六本木ヒルズを回る、東京タワーを通過、走行の道順のアイデアなどがRelight Committeeメンバーから矢継ぎ早にでてくる。自分ごととして3.11をどう感じたのか、運転手さんや他の人との対話、場所、形、ストーリーを仕立て、アウトプットの方法などデザインすることが今後の課題。
現在は、東京を拠点に都市・自然・人間のかかわりに注目した作品を制作しているアーティストである彼女は、3.11を日本で体験していないという。その時その場の空気を自分ごととして作品化したいと考える、彼女らしいよく考えられたアイデアだと思う。
memento mori サードプレイスで愛を歌う
Relight Committee2016のなかで、存在そのものがアートと表現されるヤスヨさん。おだやかで美しい声が人柄を表している。これまでのスケッチブックによる自筆のプレゼンから、新たに購入したMacBookを持参しプレゼンした。
生を受けたことの神秘、人は一人で生まれて一人で死んでいくなかで、これまでの出会いに新たな光をあててみたい。祖父の写真から戦争の記憶を呼び起こされ、生きていくうえで抗えない時代や時勢を経て、今自分が生きている現実の背景にあるものを考える。出会った人たちと想いを共有する場所としてのサードプレイスをつくりたいーーヒントは須賀敦子の『コルシア書店の仲間たち』が集う場所だ。具体的には3.11から3.13の間に神田の知り合いの喫茶店で愛をテーマにした歌を歌いながら対話をするというものだ。
祖父の思い出を語る時に涙ぐむ彼女は、本当に純な人である。セピア色の企画、すでに具体的な「コンサート」イメージがあり、どう成立させるか、仲良しグループを超えて何を残すかが今後の課題。歌いたい、という率直な想いをもとに。
祖母との往復書簡
90代の自分の祖母といろんな世代との往復書簡を映像で記録する、というユウシさんの企画。リアルタイムの回答は難しいので、ユウシさんが窓口になる。Relight Committeeメンバーへ質問協力を要請する。
メンバーからは、ユウシさんの立ち位置や介入の仕方、ただのQ&Aでなく問いを翻訳することや、どういうおばあちゃん像かなどの作りこみの部分を質問者に伝える必要がある。メインテーマは質問か、答えか、会話か、でアプローチの仕方が変わるのでは、などのさまざまな意見も。
二往復するのかな。その仕組みは大変だよね。アーティストとして、どういうコミュニケーションをつくりたいのか、フォーマット化することでそこが見えなくなっているような。まずはこの人格を残したい、というシンプルな熱量をもう一度思い起こしてみよう。
すでにいろんなアートイベントを企画している彼は、もう頭のなかで映像も含めて「作品」のイメージができあがっているのではないかと思う。ここでカギを握るのはRelight Committeeメンバーらの「おばあちゃんへの問い」だ。若いメンバーが往復書簡に参加することで、時代をさかのぼりながらいくつもの想像や共感が生まれてくる。どんな「作品」になるのかワクワクする。
最後に、Relight Committee2016によるRelight Daysにおける全プロジェクトをどうやってつなげていくか、ステイトメントやテキスト、ウェブサイトなどでの発表や、フライヤーをつくって駅やカフェにおいてもらうなどのアウトプットの形が大事になってくる。そこから「みんな」がみえる工夫をどうしていくのかが課題だ。
また、Relight Days中に『Counter Void』の前に机や椅子を置いたブースをつくることになった。ここをどう活用していくかも考えなければならない。
アーティストとして「独立」した宮島達男さんの近況
午後は、還暦を迎えた宮島達男さんの近況を聞く会とサプライズのお祝い。大学の「先生」をやめて、アーティスト一筋に「独立」された宮島さんのこの一年間の活動の報告をしていただいた。
アート・バーゼル香港のICCビル、霧島アートの森の宮島達男展「生と死ー命のひかりー」、シドニーのMCAでの個展、上海Fosun Art Centerの「Counter Sky Garden」など、ご自身のコンセプトのみならずプロジェクトをつくる人々の内側のお話がおもしろかった。
特に、シドニーでは3ケ月にわたる美術館の若いキュレーター、デザイナー、インストーラーなどスペシャリストたちとの個展を作り上げるまでの経過が、日本的な常識をはるかに超えていておもしろかった。彼らの自由闊達なアイデアを受け止め、話し合いながら生かしていく宮島さんの裁量と度量がとてもイカしていて、組織運営をするうえでのこのスーパーガバナンスを、日本の会社経営者や管理職の人たちに聞かせたいもんだと思った。
上海の作品づくりはもっとおもしろい。まさしく「市民参加」の手法を取り込んで、作品公開の日に何百人もの上海市民がビルの屋上で狂喜乱舞した様子が目に浮かぶような話だった。それと一体となった宮島さんの興奮ぶりが手に取るようにわかる。「社会彫刻家」の誕生は、すばらしい幸福な風景を作り出す。
どの話も、「アーティスト」として「独立」した宮島さんの、時間の余裕がもたらしたいきいきとした現場報告だった。
最後はRelight Committeeメンバーからの質問コーナー。宮島さんの作品が時間の経過とともに「変化」(点滅の強弱など)することへの質問に対して、「生と死」をコンセプトとする宮島さんが「それも作品だ」とする考え方に改めてなるほどなと納得した。
Relight Committeeからの還暦のお祝いは、赤い花束と赤いパンツのプレゼント。60歳を過ぎていよいよ華も実もある充実の人生を迎える宮島さん、いつまでもわれらの導きの星であれ。
レポート執筆:富樫尚代(Relight Committee2015)
写真:丸尾隆一