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パブリックアートの行方

芸術と社会環境を考える

開催日:2013年8月19日(月)
会場:東京文化発信プロジェクトROOM302
ゲスト:北川フラム(瀬戸内国際芸術祭総合ディレクター)
聞き手:宮島達男(美術家)

宮島 これまで北川さんは、ファーレ立川のパブリック・アート設置や、〈大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ〉、〈瀬戸内国際芸術祭〉などを実行してきました。一般的な展覧会とは異なる企画を手がけてきた理由を教えていただけますか?

北川 建築家の原広司さんが「機能から様相へ」という文章で“共同主観”の話をしています。これは、複数の人たちが知覚や意味を共有することを指す概念です。例えば自分の子供が怪我をした時、母親も痛みを覚えると言われますが、共同主観を感じることがなければ、アートは成立しないと僕は思っているんです。
僕は靉光(あいみつ)や岸田劉生の絵から色々なものを学び、彼らの晩年の作品はなぜあんなにも孤独なのだろうかと考えてきました。彼らは自分が存在している共同体に共感できる感覚を持てなくなり孤立したんです。アートは、狭い世界に閉じ籠るだけではなく社会とつながらなければいけません。

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宮島 それが美術館やギャラリーの展示で終わりにしない理由なんですね。

北川 管理しやすいステレオタイプの人間が望まれる時代の中で、「全員が違っていてもいいんだ」と、言い続けられるのはアートしかありません。一方、アート業界の閉じた空気は変えていかなければいけない。20世紀は都市の時代だったけれど、本来アートはもっと外に向かう祝祭的なものだったはず。1人ひとり違う、ということを楽しくとらえればいい。

宮島 哲学者のルソーが「想像力の究極は、人の痛みを理解できる力」と言っているように、アートが担う役割も人に共感できる力なのだと思います。
さらに北川さんがすごいのは、展覧会で生まれた作品を維持し続けていることです。メンテナンスには相当な予算がかかりますよね。

北川 野外作品のメンテナンス費用は年間3千万円かかり、3年で約1億円かかっています。もちろん作品維持以外にもお金は必要ですから、スポンサーを集め、助成金申請をして、チケットをたくさん売る。アーティストや制作に関わった人たちの分身である作品を未来に残すことがアートディレクターの使命なので、必死ですよ。

宮島 現代アートの修復について議論すると「最近の作品を保存する必要があるの?」と言う人も多くいますが、最近だからこそ必要だと思います。

北川 後ろ盾や助成金がなくても守るぞ、っていう気概を持ったコミュニティーを作る必要があります。最近流行っているクラウド・ファウンディングに可能性があると思います。
今回の〈瀬戸内〜〉は春夏秋の3期制にして、春には3万人近く外国人が来ました。特にヨーロッパの人たちは農村と都市の関わりという観点から、日本のアートシーンに強い関心を持っています。それから、世界中の子供たちがサポーターとして参加する例も増えている。買い出しとか、部屋の掃除とか、地味で大変な作業をしてくれていますが、子供
たちはその経験を喜んでいる。親たちも日本に来ることを応援しているようで、少しずつアートを取り巻く環境が変わっていると実感します。

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宮島 なぜ、こんなに多くの人が世界中から集まると北川さんはお考えですか?

北川 アートは“もの”だけでなくて、その“空間”によって成立するんです。その土地の歴史的風景を生かした表現が見られるからこそ、遠くアジアの島国まで外国の人たちはやって来る。空間という意味では、ファーレ立川に宮島さんと《LUNA》を設置した時のことが記憶に残っています。換気塔に144個のデジタル・インジケーターを付けて、あるサイクルで数字が変わっていくハーモニーの美しさ、本当に素晴らしかったです。

宮島 《LUNA》は、市民の皆さんが「ファーレ倶楽部」というのを作って保存・維持に取り組んでくれています。土地の人たちと一緒に作品が立ち上がっていく空間になっているのが、嬉しいですね。

北川 作品が長く愛されるというのは、アーティストの分身が増えていくようなものです。アートが持っている特殊性が普遍性に変わっていくような世界の捉え方がしたいんです。

宮島 北川さんが立川や〈越後妻有〜〉をスタートしたあたりから、アートを取り囲む風景が大きく変わりましたね。

北川 そして、アーティスト自身も変わるんです。クリスチャン・ボルタンスキーとは長い付き合いですが、〈越後妻有〜〉や〈瀬戸内〜〉に参加するようになって、どんどん明るくなりました(笑)。子供たちはボルタンスキーの作品を見て「お化け屋敷だ!」と言
うけれど、偉い人たちに褒められるより、子供に喜ばれた方が嬉しいですよね。やはりアートにこそお金をかけるべきです。そこで生まれる交流は、建物を作ったりするのとは比べ物にならないぐらいに大きな実りを生み出します。

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2013年8月19日
東京文化発信プロジェクトROOM302(東京)で収録

北川フラム(きたがわ・ふらむ)
1946年新潟県高田市(現上越市)生まれ。アートディレクターとして国内外の美術館、企画展、芸術祭を多数プロデュースする。代表的なプロジェクトとして〈ファーレ立川アート計画〉(94年度日本都市計画学会計画設計賞受賞)など。〈大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ〉、〈瀬戸内国際芸術祭〉の総合ディレクター。自ら美術・文化評論の執筆活動も行う。

宮島達男(みやじま・たつお)
美術家。1986年東京芸術大学大学院修了。88年〈ヴェネツィア・ビエンナーレ〉新人部門に招待され、デジタル数字の作品で国際的に注目を集める。以来、国内外で数多くの展覧会を開催。代表作に《メガ・デス》など。また、被爆した柿の木2世を世界の子どもたちに育ててもらう活動、〈時の蘇生・柿の木プロジェクト〉も推進している。